最高裁判所第一小法廷 昭和25年(オ)51号 判決 1953年12月03日
東京都世田谷区深沢町三丁目三七番地ノ二
上告人
滝沢齊
右訴訟代理人弁護士
大井静雄
新潟県東頸城郡松之山村大字五十子平二九六番地
被上告人
室橋政平
右当事者間の不動産登記抹消及び土地家屋明渡並びに損害賠償請求事件について、東京高等裁判所が昭和二五年一月三〇日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人大井静雄の上告理由第一点について。
原判決がその理由において、「控訴人(上告人)提出援用の証拠によつては、控訴人と被控訴人(被上告人)先代伝蔵との間に昭和一七年一一月控訴人主張の本件物件についてなされた契約が交換の予約にすぎなかつたこと及び控訴人主張のような合意解除があつたこと並びに伝蔵が控訴人主張の交換予約不成立の通知を承諾したことが認められない」旨判示したことは所論のとおりである。そして、所論甲第五号証の一、二の成立については当事者間に争はないけれどもその内容が所論のように土地建物の交換の予約があり且つこれが合意解除のあつた事実を証明するものと解しなければならないものということができないし、その他上告人提出援用の証拠は右原判決摘示の主張を認めしめるに足りる証拠内容を有すると認めなければならないものとはいえない。されば、原判決の前示証拠に関する説明には所論の違法は認められない。論旨は採用できない。
同第二点について。
原判決がその事実摘示の箇所において、上告人(控訴人)が証拠として原審証人志賀福蔵の証言を援用した旨摘示したこと、竝びに、上告人が原審において該証言を援用しなかつたこと、従つて原判決の右摘示が誤つていることはいずれも所論のとおりである。しかし、該証言は、相手方たる被上告人がこれをその利益に援用したものであるから、該証言を上告人の主張した反対の事実認定の資料に加えたからといつて違法であるとはいえない。されば、前示摘示の誤りは原判決に影響を及ぼさないこと明らかであるから、本論旨も採用できない。
同第三点、第四点について。
しかし、所論三点で主張する昭和二四年九月二〇日附準備書面が原審口頭弁論において陳述された事跡は記録上認められないし、その他所論のような予備的な本契約の主張がなされたことは認められないから、所論第三点で主張するように原判決がその事実摘示においてこれを摘示せず、また、所論第四点で主張するように理由においてこれに対する判断を加えなかつたとしても所論のように違法であるとはいえない。それ故、論旨いずれも採用し難い。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 真野毅 裁判官 岩松三郎)
昭和二五年(オ)第五一号
上告人 瀧澤齊
被上告人 室橋政平
上告人代理人大井靜雄の上告理由
第一点 原判決は判示理由中、二頁三行目より九頁一行目迄にて上告人主張事実を否定して被上告人主張反対事実を証拠に依つて認定して居る。即ち控訴人は被控訴人先代室橋傳藏との間に昭和十七年十一月下旬別紙目録第一の一、二の土地建物と、別紙第二目録の土地建物とを交換する予約をしたが同月中合意の上予約を解除した。仮りに然らずとしても昭和十八年五月中被告先代傳藏に対し右予約の解除を申込んだ処傳藏暗黙に之を承諾した。又仮りに暗黙の承諾が無いとしても昭和二十年三月六日内容証明郵便を以て控訴人が傳藏に対して右予約が不成立であることの通知をした処、傳藏は之を承認したと控訴人に於て主張したにもかかわらず、被控訴人主張の反対事実である前記土地建物の交換契約を認定したのである。
依て之を検討するに原判決は採証に関して実験則に反することの誤謬を侵して居る。
上告人の前記主張事実については証拠が明かに存在する。即ちそれは原審に於て提出された甲第五号証の一、二である。猶右甲号証の成立には争がなかつた、甲第五号証の一は被控訴人先代室橋傳藏から控訴人に宛た手紙であることは自ら明である。文中差出人名義として「峯や」とあるは其の地方では被控訴人家の家号であつて、其の家の主人であり戸主である当人を指すことになつて居るのであつて、峯やと云えば当時の主人である被控訴人先代室橋傳藏を指すのであるから、上記の手紙の差出人は先代室橋傳藏に外ならない。同じく同文中宛名人下出様とあるのは控訴人の事である。之もやはり其地方では控訴人家の主人であり戸主である控訴人を指すことになつて居るのである。従て上記の手紙の内容であり法律行為としての意思表示は、被控訴人先代室橋傳藏から控訴人に対しなされたものであると云わなければならない。尤も甲第五号証の二の手紙の封筒の裏面に室橋政平とあるが、政平は前記傳藏の相続人であつて傳藏自身の手紙でないと一応は認められないこともないが、之は手紙の内容である甲第五号証の二に差出人として峯やとあることは前述の通りであつて、之と対比するときは右政平の自身の手紙であると云うことはかならずしも云えない。右政平の手紙であるならば手紙の内容の方も峯やと書かずに政平と書くべきである。甲第五号証の内容の方に峯やと書いたのは之は寧ろ此の手紙が被控訴人先代室橋傳藏の手紙であることを物語るに充分である。右傳藏自身は無筆であつて相続人である政平之に代つてすべて代筆をして居た実状からして、上告人の考へ方は正しいと云わなければならない。進んで上記手紙の内容を吟味すれば観念の表現はきわめてまずいことは確かである。そのつもりで理解することが必要であると考えている、それで文中「トウキを取り消します云々」とあるが、トウキと云うのは本件土地建物の所有件権移転登記を指すことであるのは明らかである。そして其の登記を取消すと云う意味である。従て登記を取消すと云うことは登記原因である実体上の法律行為を取消すことをも指すことは之も又当然でなければならない。然らば実体上の法律行為は何を指しているかと云えば、之は弁論の全趣旨からいつて上告人の主張する土地建物の交換予約であると解せねばならない。要するに原判決は上告人主張事実について証拠が現存するに拘らず無きものとして判決を為したるものである。これは裁判所の専権とする事実認定の問題ではない、仮りに右甲第五証が措信できないとするならばその理由を示さねばならない。その理由如何によつては論理上の法則に反するかどうかの問題が発生する。その理由を示さないで単に証拠なしとするならば、それはあるものをなしとするので認定を異にするに過ぎないとして、解決はなし得ない存在を否定するのであるから実験則に背馳し、且つ採証の法則に背戻することになるものと信ずる。従つて原審判決は到底破棄は免れないものと信ずる。
第二点 原判決は事実摘示中、五頁五行目より六頁一行目迄に上告人提出の証拠を挙示してあるが、其の中当審証人志賀福藏の証言の記載は誤謬である。即ち上告人は原審に於て右証言を申請したことも援用したことも絶対にないにも拘らず、上告人が援用したとなしたのは違法であることは明白である。此の点に於て原判決は破棄を免れない。
第三点 原判決は事実摘示中、二頁三行目より五頁四行目迄にて当事者双方の事実上の陳述を記載してあるが、上告人が原審に於て陳述したる事実の記載を脱漏して居る。即ち上告人は原審に於て予備的主張として上告人と被上告人先代室橋傳藏との間に、別紙目録記載第一の一、二の土地建物と第二の土地建物交換契約は、昭和十七年十一月中合意解除したこと、又仮りに然らずとするも昭和十八年五月中上告人より右解除の申込をした処前記傳藏は暗黙に之を承諾した。更に又然らずとするも昭和二十年三月六日内容証明郵便を以て右契約は不成立なる旨の通知をした処、右傳藏に於て之を承認したと云う事実を主張したのである。尤も上告人の原審に於けるその主張は必ずしも明確ではないことはその通りである。上告人としては主たる主張としては極力予約を確信していたのでそのことを陳述したのである。しかし甲第五号証を提出した位である通り、予備的には交換本契約をも主張したのである。原審に提出した準備書面(二十四年九月二十日附)第一項末行に「本件交換は合意解約になりました」とある点にその主旨が含蓄されているのである。予約のみを主張する意思はない理である。原判決は上告人が予備的主張をなしたに拘らず、これを摘示してない。これは理由不備か審理不尽であるので、此点に於ても原判決は破棄さるべきである。
第四点 原判決は判示理由中、二頁三行目より十一頁二行目迄の間に於て上告人主張事実について判断を挙示して居る。処が前記上告理由第三点に於て主張した通り上告人の主張事実について原判決は何等の判断を示していない。之は上告主張に係る重大なる事実について其判断を逸脱したところの重大な欠陥であつて、事実の主張がないと為すのであれば第三点で申上げる通り審理不尽である。やはり原判決は破棄を免れない。
<省略>
拜啓陳者
小生の ような無学の者に急にあの様な事件を持ち出されてもどうしてよいかわかりませんから、トウキを取り消しますから取り消しのエニン状を御送り下さい。
トウキを取り消しにしますからコクソも取りさげにお願いします。
次にどういう理由にてトウキを出来ぬか其の理由をあきらかに御知らせ下さい。
私のような馬鹿者にはなんにもわかりませんから、こちらに来てよくわかる様にむねにおちる様によくおしえて下さい御願いします。
峯や
下出様
(別紙)
目録第一
一、新潟県東頸城郡松之山村大字五十子平字五十子平百八十六番
一、宅地 百四十四坪
二、同所同番所在
一、木造草葺平家建住宅一棟 建坪 四十坪
目録第二
一、新潟県東頸城郡松之山村大字五十子平字五十子二百九十三番
一、畑 十八歩
二、同所二百九十七番地ノ子
一、宅地 三十八坪
三、同所二百九十七番
一、畑 一畝十歩
四、同所二百九十六番所在
一、木造草葺平家建住家 一棟
建坪 三十六坪
以上